複式簿記を少しかじる。
借方、貸方というあれである。 たいていの入門書には借方、貸方という言葉にこだわらずに先に進めと書いてあるのだが 私はそこにこだわって先に進めないで居る。 複式簿記という方式はルネサンス期のイタリア商人たちが考案し使っていたものをパチョーリという数学者が15世紀の中葉に定式化したものらしい。 600年も前に考案された方式がほぼそっくりそのまま現在に生きているというのは驚くべきことだ。 パチョーリ「簿記論」の冒頭にいわく 真の商人にとって不可欠な条件として最も大事なものは元手としての財産である。 そして次に必要なのは各取引を秩序正しく整理し記述するための方法であり、それは債務と債権との秩序だった記述ということである。と 只ならないのは「商取引」を商品の売買であるとは考えていないことである。 ここでは売買は貸借関係(債権・債務関係)の一形態に過ぎないのであり 「商取引」をトータルに理解する概念はあくまで貸借なのである。 ルネサンスのこの時期はメディチ家のような大金融業家の出現した時代である。 商業と貨幣経済の隆盛の中から「資本」がはっきりと姿を表わしはじめた時代なのである。 「資本」は債務であるというのは全く正しい。 その意味では貨幣も債務でありそれ自体が銀行の発行した借用証なのである。 したがって「取引」の記述にあたって最初に記されるべきは その元手である現金や財産が通貨に換算された価格で借方に記述され、 その貸方には同額が資本として記述される。 元手(資本)は同じ所有者のもとにあってもすでに貸借されたものと見なされる。 少し飛躍するが通貨、国債、株式のようなあらゆる証券、 はてはこの頃話題のサブプライムローンのごとき金融派生商品といわれるものは実は全て借用証なのである。 これらの借用証の取引(貸借関係)を売買と表現する様になったのはいつごろからだろうか? 銀行が預金を募集するときでさえ販売するなどといっている。 ここにはある種のごまかしがあるように感ずる。 売買という交換の形態は瞬時に行われるものであって、 売り手と買い手の双方にこれを拒否する自由が保証される限りこれは等価交換である。 逆に言えばこのようなものを等価交換というのである。 だが貸借という交換形態は瞬時に行われるものではない。 貸借は決済されることによって一つの交換として完結する。 貸借という交換形態はその中に時間を取り込むことによって不確実性を抱え込んでしまっているのである。 貸借とは等価交換であることを保障できない交換形態なのである。 貸借を売買と言い換える意図はここにあるのかもしれない。 それにしても、複式簿記に数学者の美意識を感じるのは借方と貸方の全ての合計の差し引きは必ずゼロになるという仕掛けである。 世界の金融市場がゼロサムであるというのはこういうことなのである。
by nhsmt
| 2007-09-24 18:58
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