夜明け前

まどろみの中でかんがえた、
イスラム国の例の写真は合成されているとかいろいろ言われているが、
黒装束の大男と二人の日本人、
三人が酒でも飲みながら(ムスリムは酒禁か!)言語の壁を乗り越えて心行くまで語りあったなら、
ほかの誰より互いを理解し来るべき世界を開示するコトバを見出したかもしれないなと・・・。
そうをさせなかったのが手に持ったナイフであることは明らかである。
人間の宿痾である暴力。
だが、僕はこれを手にしてしまった人を憎むまい。
憎むべきはこれを操作し人間を支配しようとする人々である。
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# by nhsmt | 2015-02-15 09:15

遅まきながら、新年おめでとう!

この一年というものブログのことはすっかり忘れていた。
今日夕方、風呂に入っていてふいに「生きていると面白いことがあるものだ」と思いついた。
他でもないギリシャのことである。
ギリシャで最近選挙によって新しい政権が誕生した。
この政権はユーロから離脱しデフォルトを宣言すると選挙で公約し国民の圧倒的支持を獲得した。
これは無血革命というほかないものだとぼくは思う。
リーマンショックの後アイスランドがこれをやった。
その時、債権国であるイギリスは軍事行動をとると脅迫したが出来なかった。
アイスランドがその後すばらしく甦ったことは周知のことだ。
ギリシャはアイスランドとは比べ物にならないほど大きな国である。
借金を棒引きにするという事は実は革命の重要な本質の一つであるに違いない。
第一次世界大戦で敗北したドイツは天文学的賠償を背負わされその苦しみにのた打ち回る過程でナチスと言う怪物をつくり出してしまった。
ケインズは早くからその事を警告していた。
そして、第二次大戦の戦後処理がまるで違ったものであったことも周知のことである。

ギリシャの無血革命が成功するか否か?
こんな事に遭遇できて、生きていて本当によかった!

ピケティの「21世紀の資本」が評判になっている。
人間がその生活を統計的に記述することに気づいてからつまり「経済」というコトバを人間が創意して以来
その統計的傾向をみると格差は常に拡大するということらしい。
そしてそれに逆行するつまり格差が縮小する時期はすべて戦争とそのすぐ後の時代であったのだとぼくは理解した。

戦争の時代とはまた革命の時代である。
ある体制の不均衡が極限に達し崩壊しそして新たな均衡へと向かう。
人間はこの過程を暴力によってではなく実現することが出来るのか?

嗚呼、ギリシャ!
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# by nhsmt | 2015-01-31 21:32

夜明け前の夢は素晴らしい

 今朝見たのは「古本本位制」についての夢である。
夢というよりも思考とか着想といった方がいいのかもしれないが。
 それはともかく、私の経験では明け方に見る夢のほとんどは悪夢である。
汗びっしょりになっていたり、金縛りになってなんとか覚醒してほっとしたりというやつである。
 在日のある女性作家は恐ろしい悪夢を毎日のようにツイートしている、明日は見ませんようにと祈りながらやはり毎日のように。
 私はこれを恐る恐るどうしても読んでしまう。毎日毎日読んでいるうちにこの頃では心が少しづつ自由になっていくような気がしてきたから不思議である。
 明け方、体は眠っているのに心だけが覚醒している時、心的エネルギーは深くそして強く活性しているに違いない。
 心的エネルギーとは何だ?
 自由であろうとする意志とでも言えばいいのか。
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# by nhsmt | 2014-04-27 06:07

お久しぶり!

半年振りの更新だ。
タブレットでツイッターばかりやっているとブログを書くのが億劫になる。
ブログはパソコンでやる癖がついていてこの半年ばかり仕事以外ではパソコンをさわっていなかったことにいま気づいた。
道具一つで知らないうちに生活がすっかり変わってしまうことがあるんだな。
XPがおしまいというので中古のノートパソコンをゲットしたので手始めにブログを更新しているというわけだ。
また、チョコチョコ書くかも知れない。
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# by nhsmt | 2014-04-25 19:19

変身

先日、同業のお通夜で喪服を着たときにフト思いついて変身してみた。
ゼッケンは女房の作品である。

昨日、この上にコートをはおり一人で出かけた。
午後二時過ぎに新宿駅に着き、中央線プラットホームでマスクをつけコートを脱いだ。
駅構内の人の多いところを七八分歩き回ったのち山手線で原宿へ向かう。
原宿には何十年もまえに一度来たきりだったが昨日は土曜日のためかとんでもない人出であった。
街中にクレープやアイスクリームや私の知らないスイーツの甘い匂い、そこにはお祭りの空気が充満していた。
群集の七八割は十代から三十代くらいの善男善女にみえたが意外に年配の人もいるなと思った。
舗道は往く人と還る人とが道中央を境に整然とした流れを形成しゆっくりと流れていた。

私は、流れの中に埋もれてしまっては面白くないのですれ違う人と対面するように道の中央を歩いた。
マスクをつけた人はしばしば見受けられたが×印のマスクは私だけだ。
こいつはアイキャッチャーとしては抜群の威力である。
対面して流れてくるほとんどの人が「えっ!」という顔をし次の瞬間視線を少し落としてサッとゼッケンを読む。
ただそれだけだ、何を思ったか思わなかったかそれは皆目分からない。
表参道を明治通りまで歩き交差点から還りの流れを今度は原宿駅まで歩く、次に表参道の反対側歩道でそれを繰り返し、次に竹下通りを往還しさらに枝道を一時間以上アチラコチラ歩き回った。

私のこの行為は当初の意図に反し何らかのアピールとしては全くの無意味でしかなかったことは確かだ。
しかし、見られることが少なからぬ快感をもたらすのだということには少し驚いた。
私は小さい頃から人前に出るのがいやでいやでたまらなかったのだ。

カフカの小説を思い出した。
ある日気がつくと自分は異形の者と化している。
愛する人々や親しい人々がそれに気づきこちらを見る。
かつて見る者であった自分は不可解な力を感じそれから逃れようとしてもがいていた。
不可解な力とは何かそれは支配する力である。
人をがんじがらめに縛りつけ抑圧する巨大な力だ。
だがそれがどこからやってくるのか何に由来するのかてんで分からない。
それは見えない力、言葉に出来ない力なのだ。
見えない力を見ようとして悪戦苦闘の末、気がつくと見られるものへ変身していたのだった。
戦術のコペルニクス的転回である。

ここからどう戦うかそれが問題だ。a0023254_16125990.jpg
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# by nhsmt | 2013-11-24 16:12

旭日

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今朝の太陽を見て、古本仲間で「射日神話」を研究している人が居たのを思い出した。
「熱過ぎる太陽を射落とす」、まったく直裁で大胆な発想があったものだ。
十個の太陽があり人間に都合の悪い九個は射落としてしまうと言うのだ。
神話は力強いね、まったく。
古代人の生きることへの切実と情熱が髣髴する。

朝食のパンを焼くのだ!
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# by nhsmt | 2013-08-11 06:38

灼熱の夕暮れ

駅からのかえり道で私の5メートルほど先を男子高校生とおぼしきごくありふれた格好の二人組が歩調をあわせてシャカシャカ、シャカシャカとあるいていた。
このくそ暑いのに何でそんなにぴったりくっついているのかと思ったら、二人は一言もしゃべらず黙ったまま手を握ったり離したり絡めたりしながらひたすらに歩いている。
私はその光景を何の違和感もなく「フーン!」とひどく感心して眺めながら5メートルほど後を歩いていたのだった。

「我思う、ゆえに我あり」というのは確かにそのとおりだ、
だが年をとってくると「我」がこのおぼつかない身体の上に乗っかってかろうじて生きながらえているにすぎないのだと言う事実を徹底的に思い知らされる。

二三日まえ女房に付き合って、テレビでフランシス・ベーコンの絵の前で踊る田中泯をみた。
その時、叫んだような田中泯の顔がベーコンの絵に描かれた若い男の顔とうりふたつだったことに驚嘆した。
私はベーコンの絵のあのゆがんだ顔はデフォルメだと考えていたのだ。
ということはデフォルメされる前の普通に認識された顔と言うものがありそこに画家が何らかの変形を加えたのだと考えていたということである。
だがそうだとしたらそんなものをあれほど完璧に己の身体で表現することは出来ないのではなかろうか。
彼は何時間もじっと絵を見続けそしてその事を考えに考えそして踊る。
ベーコンが見たように自分も見る、それなら不可能ではないのかも知れぬ。
踊っている本人は自分を見ることは出来ない。
だがそれを見ている他者に肉薄することはできよう。
だとすれば、描かれた画はデフォルメではなくベーコンには確かにその様に見えていたのだ。

犬を連れて散歩をしている人を見かけるといつもふきだしそうになる。
なんてうりふたつなんだ彼らは!

私の娘は小さい頃から似顔絵の天才だった。
実に不思議なものだな!
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# by nhsmt | 2013-08-08 21:41

五時に起きハミガキしながら雨戸を開けていると西となりの家のほうからゆっくりとやってくる薄汚れた白黒の大きなブチ猫と目が合った。
がまるで知らん振りでわが家の西南角に置かれた縁石をさかんに嗅いでいたが小便をしゅっと吹き付けると悠然と私の前を横切って今度はわが家の東南角の縁石に小便を吹き付け裏の駐車場へと歩き去っていった。
面魂といいよごれぐあいといいどうみても飼猫ではなさそうだ。
この頃何度かこの付近でお目にかかっているからわが家はすっかりヤツのテリトリーの一部になってしまっているにちがいない。
「お前の領分はどんなだい?」と聞いてみたいものだが残念ながら猫のコトバがわからない。
たぶん猫には猫の言葉があるはずだ。
発情期には愛欲の塊となってみゃあみゃあ、みゃあみゃあ一晩中呼び合っているし、時にはそれが死闘に発展する。
私が子どもの頃家にいたミーはそんなある朝片目を抉られ耳を食いちぎられて還ってきたものだったがその後随分長生きしたような記憶がある。
蛙にもミミズにも杉の木にもお魚君にも粘菌様にもコトバはあろう。
生きていると云うことはコトバがあるということなのだと最近思うようになった。

連続の中に生じた間、切断、無がやがて分節を生じコトバとなる。
だが、コトバはコトバの秘密を語れない。
コトバの秘密であるこの切断、無を知るには一旦徹底的にコトバを廃除するしかないのではなかろうか。
大人は虹を七色と言う、だが幼子が描いた虹は実に自由自在である。
神秘主義がみいだすカオスとは幼子の目に映じた虹の様なものだと思う。
「実存は本質に先立つ」と誰かが言ったのはこういうことかもしれない。

はじめにコトバありきとして物語りははじまる。
だがやがて物語がコトバを支配しはじめるのだ。
支配とは自由の抑圧である。
自由の証であるはずのコトバが物語によって抑圧されてしまったときコトバはあまりに無力である。
なあ、ネコ君よ!
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# by nhsmt | 2013-06-02 22:57

あけましておめでとうございます

毎年、新年の挨拶に行くのはMさんのお宅だけである。
Mさんは、今はむかし私が古本屋の店を構えていた頃からの付き合いだから20年以上の間柄だ。
その頃彼は毎日50冊以上の週刊誌など雑誌を持ち込んでいたいわゆる拾い屋である。
彼にはずいぶん助けられたものだった。
店をやめてからは取引は無くなったが春夏秋冬の贈与論的関係がずっと続いている。
拾い屋で土地持の資産家になったのは彼しか知らない。
家は自分で建てた、そこに拾ってきたものが集積され見事なごみ屋敷となっている。
三人目の今の奥さんも五日市線のある駅舎で拾ったのだった。

いつも昼過ぎに電話で連絡してから訪れるのだが、元日から毎日電話するのに一向に出ない。
こんなことは、火傷をして入院してたのと捕まって留置場に入っていた二度だけだったので心配になり
今日はアポなしで昼の1時におしかけた。

敷地のそこらじゅうにアルミ缶が山になっている。
去年の十二月は五千円にしかならなかったと言っていた。

玄関のドアには中から鍵がかかっているがどうやら居るらしい。
隙間だらけのほとんど一間だけの家なので覗くと丸見えなのだ。
布団が見えたので病気かなと思ったが、大声で二三度呼ぶとゴソゴソ出てきた。
新年の挨拶をし、「電話をしても出ないし風でもひいたの?」と聞いたらば
「いやぁ、やることないしねてたんだよ!」ときたもんだ。
奥を見ると奥さんが布団のなかから顔だけ出して「あけましておめでとう!」だと。
そういえば彼は絶倫男なのだった。

早々に退散したが、
今年はよい事がありそうな予感がするのでありました。
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# by nhsmt | 2013-01-04 19:21

古本屋のエチカ

古本業者たちの市場は伝統的に「交換会」と言われている。
私はそこの運営に携わる経営員というのをやっているのだが、
このところ物故されて廃業した業者の在庫が丸ごと出品されるケースが続いている。
膨大な量の古本の山をしかるべき束にしばって入札しやすいように仕分けをし陳列していくのである。
十年来の知己の方々ばかりだ。

この作業を続けながらチベットの鳥葬を思った。
臓物をえぐり、関節をばらし、骨を砕いて髄を露出する。
最後に頭蓋骨を砕いて脳を燦々と輝く陽光にさらすのだという。
やがて純白の骨粉はヒマラヤの雪に同化するだろう。
そこにはいかなる怪異もない。
この一部始終にはこのうえなく透明で揺るぎない合理性が貫いているに違いないのだ。
それはチベット高原の生活が創った論理なのだ。

物故者の品物を仕分けしながら、これは古本屋の「土に帰る」だなと考えてみたが
どうもしっくりこない、それは農民のエートスというものだろう。

藤原新也の「メメント・モリ」に「人間は犬に喰われるほど自由である」というのがあった。
面白いレトリックだなとは思っていたがこれは存外古本屋の生き様・死に様のことではないのかとおもいついた。

海幸彦と山幸彦が出会うところ、共同体と共同体との間に発生した「市場」が「自由」という言葉を生んだのだと私は思っているのだ。

ギリシャの都市国家の中心にはアゴラという広場がある。そこは市場であり劇場であり議場である。
ギリシャの都市国家群と対立していたペルシャ帝国のダリウス大王はギリシャ人は広場に集まっては互いに騙し合う事に夢中になっていると言って嘲笑したとヘロドトスは書残している。

都市を創り出したのが自由への情熱なのか都市が自由への情熱生んだのか・・・。
いずれにしろ、因果応報、輪廻転生の永劫回帰から離脱したいと人々は考えたのだ。
共同体の論理から一旦離脱したところに自由の論理が発生する。
「人間は犬に喰われるほど自由である」由縁であろうか?
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# by nhsmt | 2012-11-23 00:55