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四十年

同時期に大学の寮生活をすごした二十人ほどの人々と横浜で会食。
大学教授やら社長やらすでに定年で隠居しているものやらいろいろなのだが四十年前とまるで変わらぬ感じだったのは不思議だな。

だがそこで何かが終わったことも確かなことだ。
これも一つの通過儀礼なのだ。
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by nhsmt | 2010-03-24 22:45

いまやむかし

先日義母の葬儀にて弔辞をききながら思う。

義母は終戦の先年に旧制の小学校の教員となりそのまま戦後の民主教育をそっくり丸ごと生きてきた女性であった。
その同僚である退職婦人教員なんたらの90歳前後のおばあさん達の弔辞の話が団塊世代である私の学校体験とすっぽり照応するのである。
小・中学校へ通っていた頃を思い出して泣きそうになった。
義母が音楽の先生だったので子どもの頃に聞いた曲がバックで流れていたせいかもしれん。
音楽というものは、まったく人の感情をわしづかみにしてくるもんだな!

戦後教育ほどに日本全土で、またあらゆる階層の子どもたちに均質な教育がなされたことは先にも後にもなかったのかもしれないな、最近の学校は世の中のゆがみの坩堝のようになっているし・・・。

ところでその後、われわれ戦後世代はそんな教育に反発して各地で騒動を起こしたのだった。
やたらに反発したくなるのは思春期にありがちなことだろうが、それが日本中でいや世界中で起こったのはどうしてなんだろうといまだに思い続けている。

「騒動」のきっかけはベトナム戦争だった。
つまり、ベトナム戦争は第二次世界大戦後の東西冷戦体制の終わりの始まりだったのである。
そしてアメリカはベトナム戦争に敗北し、
ベトナム人民は勝利した。
だがこれは東側陣営の勝利を意味しなかった。

戦後体制が本当に終ったのはソ連邦の崩壊によってであった。
これを称して「歴史は終った」つまり西側が勝利しその原理が永遠の世界システムとなると考えた日経アメリカ人もいたが、実際はそんなことではなかった。

つづく
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by nhsmt | 2010-03-20 10:41