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政治

次の参議院選に若尾文子が立候補との報道あり。
いいね、いいね!
「クラクラ日記」で綺麗だったな~というおぼろげな記憶しかないが・・・。
実は先の都知事選から黒川紀章の俄かファンである。
わが一票もむなしくあまりに得票は少なかったが、
すっきりとしていて粋ではないかい?
おっしゃることがとにかくオカシイ。

政治のことを政治の言葉で思うべからず
教育のことを教育の言葉で思うべからず
家族のことを家族の言葉で思うべからず
戦争、経済、憲法、文学・・・・・以下同文。

必要なのは意図された逸脱であり
爆笑をもたらす跳躍なのだ
どうすりゃそんなことができるのかは
これから研究するつもりだが・・・・・。

政治家の自殺なんぞは聞きたくもない。
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by nhsmt | 2007-05-31 21:24

憲法

先日、国会前で改憲阻止の座り込みをやっていた人たちのアピールみたいなものが送られてきた。
また、昨晩は朝まで生テレビで憲法についての討論をやっておった。

いろんな事が分ってくる。
A首相は大バカだという噂はどうやら間違いないらしい、B大統領についてはすでに既定の事実ではあるが。
ミコシは軽くてバカがいいなどと腹黒い野心家は言うだろうが、どこへ行くのか皆目見当のつかないオミコシ政治ほど危ないものはない。
今のところ、民草は賢明なりの気がするけれど・・・。

現時点で私の考える日本国の理想の内閣、
総理大臣 辻元清美
外務大臣 姜尚中
財務大臣 葉千栄
厚生労働 上野千鶴子
文部科学 ピーター・バラカン
など
女性と帰化人に政治をやっていただくと快適な国になるような気がするのだが・・・?
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by nhsmt | 2007-05-26 13:48

わらび

私は4階建てのコンクリート工場の4階部分を借りて仕事をしているのだが、
1階にコンクリートの骨組みを組み立てる鉄筋場という工程があり、
そこで何十年も働いているとうに六十を過ぎたK崎さんという女性がいる。
働いているのは皆六十を過ぎた老人ばかりなのだが、
それは賃金に比してあまりに重労働で若い者が入ってきても一ヶ月ももたずに辞めてしまうからなのである。
工場長という男性もいるにはいるがここを仕切っているのはじつは紅一点のK崎さんである。
日本がその基底において母性社会であることの証左のようなところなのだ。

このK崎さんは暇さえあれば近隣の青梅の山々から山梨、時には信州や栃木方面の山にもでかけていて、これが生きがいだと何時も言っている。
彼女はいわゆる登山家やハイカーというわけではなく、山に入って山菜をとったりする山遊びに夢中なのである。
近隣の山ならいつどこで何が採れるかだいたいわかるらしい。
いつもどっさり採ってきては皆に分けてくれるのである。
そのおかげで私は今まで口にしたこともなかった季節の山菜を賞味する幸運にあずかれるというわけなのだ。

昨日は、重曹ではなくわら灰でゆでてあく抜きをしたわらびをたくさんいただいた。
どうしてこんなに旨いのか?
若い頃はこんなものを特に食べたいなどとは思わなかったから確かに歳のせいでもあるだろうが、
そもそも食べるものをこうゆうふうに味わったことなどなかったのかもしれない。

少々飛躍するが、確かなことはこれが「商品」ではないということである。
山に自生していたものであり交換を目的としてつくられた物ではないし交換のために採集されたわけでもない。
目的に還元されないものを「存在」という。
「旨い」とは存在の発見なのである。
私は60歳の私の肉体を発見し、山に自生していた蕨を発見しそれをもたらしてくれたK崎さんを発見する。
何たる豊穣な「旨い」であろう。

私は交換や市場を否定すつもりは全くない。
だが、「交換」という人間の関係性から発生した「商品という存在」は常に倒錯の危険を孕んで来た。
倒錯は二段階に行われる。
一つめは「存在」が目的(交換)へと還元されてしまうことであり、
最後には目的を媒介する手段(貨幣)そのものが目的となってしまうという倒錯である。

一時、「商品」の価値を差異性から説明しょうとするのが流行したが、
これはこの一段階目の倒錯だといえるのではなかろうか。
存在の価値はシステムや構造に由来する差異に還元できるものではないからである。
いかなるブランドも存在論的価値とは無縁である。
差異性や役割という関係性の総体としてのコスモスがある。
だが「価値」はそこよりさらに深い存在のカオスからやってくるものであろう、それは山遊びの喜びのようなものなのだ。

金融における倒錯はここからさらに反転したところに生ずるもう一つの倒錯にほかならない。
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by nhsmt | 2007-05-15 05:43

金融

一昨日だったかの朝刊にトヨタが2兆円の営業利益をあげたという記事が載っていた。
が、それよりも興味を覚えたのは同記事内に提示されていた企業利益の世界ランキングである。
トヨタはその14か15位に過ぎないのだがそれより上位の企業が製薬会社の一社を除き英米の石油メジャーと金融企業で占められていた。
曲がりなりにも付加価値の積み上げによって利益をはじき出しているのはほぼトヨタだけであり
ほかは全ていかさまばくちのマネーゲーム企業であるといったら言い過ぎだろうか?
経済学を勉強したわけではないが
言ってしまえば金融とは勝ち負けが原則としてゼロサムの全人類で行う賭けマージャンのようなものと化していないか。
巨大なマネーが光の速さで行き交うが、それ自体はいかなる価値も生み出さない。
しかもこの壮大なゲームには胴元が堂々と参加しルールも胴元が決めるのである。
最初から勝者の決まったギャンブルほどつまらぬものはない。
石油といっても需給の逼迫などは名ばかりで実のところは金融派生商品とかいう怪しげな商品の更なる派生物の一つに過ぎないのだ。
マネーを運ぶ点棒が株であったり為替であったり原油だったり債権だったり不動産だったりするだけのことである。
掛け金の総額であるいわゆる過剰流動性は思い切り膨張して今や世界GDPの3倍以上とかどこかで読んだ記憶がある。
このゲームの不気味さは誰かがやーメタと言わない限り永遠に続けることができるかもしれないという恐怖のババ引きゲームであることだ。
ところで過剰流動性とは担保に取られた未来の時間なのである。
搾取とは時間を盗むことなのである、だから一文無しの者も容赦はされない。
最後の審判のとき即ちゲームの清算が避けられなくなった時にはこの地球上の人類の誰かがこれを贖わねばならぬということである。

若者たちに希望がないとすればすでにその未来が担保に取られているからだ
などと言ったらひんしゅくを買うだろうか・・・?
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by nhsmt | 2007-05-11 18:19

birthday

女房殿の誕生日をすっかり忘れておった。

今日の晩飯は赤飯だというから、
「なんか良いことあったんか?」ときくと、
「あたしの生まれた日だよ!」とのご返事。

何年か前はこれでえらいめに会ったんだが・・・。
今年はそうでもなさそうだ。

歳をとるということは実にいいことです。
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by nhsmt | 2007-05-06 18:02

ジョセフ・コーネルの箱をみるために佐倉の美術館へ出かける。
小さな箱たちは想像していたよりはるかにエネルギッシュで静謐な情熱にあふれていた。
解き放たれ飛び立つ「自由」というものがあるなら、
コーネルさんの箱が発する美しさは飛び立たないことを選択するパトスもまた「自由」でありうるということの証のように感じられた。

千葉から佐倉へ向かう総武本線の車窓から見えた延々とつづく水田には満々と水が張られ、
田植えの真っ最中であった。
こんなに美しい里山は見たことがない。
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by nhsmt | 2007-05-01 18:47