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大晦日

今朝も事務所へ向かう。
このところの寒波で小川の水がところどころで凍っていた。

ネット専業になってから5年になるが、
365日必ず事務所でメールチェックの毎日である。
倦まずやってきたということは多分好きなのであろう。

今年は私にとっては格別に良い年だった。
大儲けしたとか願いがかなったとかそんなことは一つもない、
私も私のまわりの何もかもほとんどなにも変わったことはないのだ。
だが私にとっては良い年だったのだ。

言葉というのは不思議なものだ。
ネットで商売をし
ネットで書き
ネットで読む
リアル以上にリアルな力をもつ
いやこれもまた新たなリアルなのだ。

良い年をお迎えください。
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by nhsmt | 2006-12-31 17:01

市場

昨日は終日冷たい雷雨、
今日は中央線の電車の開け放たれた窓から吹き込んでくる風が
爽やかと言うにはあまりに季節外れの暖かさだった。

年の瀬も27日、神田の市場は今日が今年の最終日である。
荷物もいつもの半分、買えたのもいつもの半分だった。
市場が来年もよどみなく続いてくれることを祈るばかりだ。
市場有っての商いである。
市場こそが古本屋の想像力の源なのだ。

ピカソが言ったように「私は何も創りださない、世界が私を触発するだけだ」と。

私は密かに思っている、日本のこの古本市場こそ「自由市場」という理念型に最も近いものではないかと。
「自由市場」そのものだといえないのはそれが協同組合という一種のギルドによって守られているからである。
だが都市がそうであったように自由が開放された自然状態で存在するなどということは空想以外ではありえないのだ。
実在は常にカオスをはらんでいる。
だから自由は守られる必要があるのだ。

人や物は中心を持たないウェブ状の繋がりだけでは世界や己の存在意味を互いに見出すことは多分できないだろう。
実のところネット上の情報でさえ中心を持たない網のようにつながっているわけではないのだ、
というよりそれでは意味を成さないということに気がついたのがGoogleを考案した若者たちだったのだ。

権力としての中心は否定されるべきものだとしても、
情報も物も人もなんらかの集積あるいは広範な出会いによって媒介されることが必要なのである。
ストロガッツも指摘していたようにあらゆる関係性という網にはところどころに結び目、一度集まってふたたびそこから出て行くところが必要なのだ。

意味はそこから生じる、つまり自由ということである。
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by nhsmt | 2006-12-27 21:18

商人

九州へ帰ってしまった同業がまだ東京にいたころ。
古本屋でありながら、
自宅の近くに、羊羹で評判の行列のできる和菓子屋があるとかで
夫婦そろって朝早くから行列してはその羊羹を買い
それをオークションにだすと飛ぶように売れるんですよとニコニコしながら話していたのを思い出した。
その時は、そんな暇なことしてないで本業に精出せよとかなんとかいったような気もするが、
存外、商売の喜びというものはこの話にも十二分に読み取れるようにおもう。
紀伊国屋文左衛門のような商人の成功談とて喜びの質や構造において少しも変わるわけではないのだ。
人を夢中にさせるに足るものがそこにはある。
己の着眼で仕入れをし運良くそれを誰かが買ってくれたときの「やったぜべいびー!」
私もそれに取り付かれた一人だ。

このなんでもない喜びを人類が知るようになったのはいつごろなのか?
マルコ・ポーロの時代かいやいやそんなものじゃないだろう、もしかすると文字や文明の歴史よりももっと古いのかも知れぬ。
物と物との交換をそのまま商売と考えるのは相当に無理があるが、人類史上に交換という行為が出現してそう遠からぬころ交換そのものを媒介する人間が現れたとしても不思議ではない。
商人の出現は市場の成立と同時であったと考えてもよさそうな気がする。

自由市場という作業仮説が着想されたのはアダム・スミスの時代であったのだろうが、
その時代でさえ商業は富や権力と結びついたどこかしらいかがわしいものと思われていたようだ。
古典派経済学は重農主義、重商主義との論戦から生じてきたものであって労働を価値の源泉と考える。
その意味では商行為を労働の一形態と考えても問題はないはずなのだが・・・。

商行為が蔑みの対象になりがちであった背景にはそれが共同体の安寧にとってなんらかの危険をもたらしかねないという懸念が背景にあるからではなかろうか?
鎖国政策にはその危険を排除すると同時に国家が貿易のもたらす莫大な利益を独占するという意味がある。

商行為は共同体にとっての他者を前提にする。
それは新世界への想像力とアコガレを触発する。
シルクロードの商人、大航海時代の船乗り達を駆り立てた熱情を富への動機だけで説明することは不可能だろう。
商行為はその深いところで自由という観念と通定しているのだ。

だが自由市場というのは未だに永遠の作業仮説であってこの地球上に一度も実現したことなどないのである。
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by nhsmt | 2006-12-24 21:25

都市

立身出世主義
無頼のダンディズム
漂白
そして市場
それは自由という名のカオスだ。

人は
都市と農村とに
アコガレとノスタルジーとに
カオスとコスモスとに
引き裂かれて生きてきたのだ。

国家とてその一つの過渡的形態に過ぎぬのだろう。

アーミッシュの共同体は
アメリカという巨大な都市に浮かぶ小さな農村共同体である。
平安な日々を守るために都市的なるもの(自由)を細心の注意を払って排除してきた。
あたかも近代を拒否して生きているかのようだ。
だが彼らは間違いなく近代そのものなのだ。
彼らこそヨーロッパ大陸における農民戦争と宗教戦争のカオスの嫡子なのだ。
近代国家もまたこのカオスから生まれたのである。

アーミッシュもその一派であるとされる再洗礼派とは
生まれながらにキリスト教徒であることをいったん切断することによって
子供から大人になる時、個の自由な選択において洗礼を受けるのでなければならないとする。
彼らは自由の名において自由を拒否するのである。

彼らは争い(戦争)に参加しない。
加えられた暴力に彼らは聖書が教えるとおりに対応した。
殺戮の時代から何百年もそうしてきたのだ。
それは良心的兵役拒否として合衆国によって承認されている。
じつは近代国家よりも彼らのほうが古いのだ。

人を争いへとかりたてる危険を避けようとする彼らの方法は信じられないほどに徹底している。
例えば、教育は中学校までしかなくそれ以上の教育を認めない。
個における知的な突出や差異を認めないのだ。
服装や生活様式のすべてにおいて個が強調されることを共同体にとっての危険をはらむものと考えているのだろう。

アメリカ合衆国はアーミッシュの共同体の対極の性格を持った社会のように思える。
だが、これが建国以来共存してきたという事実には驚嘆する。
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by nhsmt | 2006-12-22 03:43

エートス

今朝は本物の冬の寒さだ。
早稲田から青梅までやって来た酔狂な学生が「電車を降りたらむちゃくちゃ寒かった」とのたまう。
冬は寒いのだ。

昨夜は女房の野らっ子談義を拝聴する。
両親は教員だったが実家はどちらも農家である。
父系は没落地主、母系は戦後農地解放によって小作から独立自営農民となった。
小学生の頃まで家出常習少女だった女房は自分の家で過ごすより母方本家の大家族に紛れ込んで生活するのが楽しくてしょうがなかったという。
その頃の農家はとにかく忙しく、5人プラス1人の子供たちも毎日の仕事に追われて遊ぶ暇などなく働きながら遊び、遊びながら働く毎日。
田んぼ、畑、お蚕に羊にヤギにニワトリの世話、農繁期の食事の用意は子供の役割だった。
農家の子沢山は農作業をささえる労働力そのものであったのだ。
農村地帯の学校は農家の仕事に沿ったスケジュールで運営されていたのである。
我が店で磨き部長のおばさんも秋田のりんご農家で10人兄弟だったという。
このような大家族が農繁期には何軒もが一緒になって田植えや稲刈りを順ぐりにやっていたのだ。
このころまでは農民のエートスがそのまま息づいていた。

これが根底から壊れていくのは実は農村が急速に豊かになっていく田中角栄の日本列島改造からだと女房殿は指摘する。
なるほどな、貧しくても一家総出で血気盛んであった独立自営農民が補助金だよりの豊かな兼業農家や土地長者へと変身し、農村は空間的にも構造的にも次第に都市化されていく。
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by nhsmt | 2006-12-18 17:58

忘年会2

土曜日の優良書市の後
3じ過ぎより古書組合青梅班のミニ忘年会。
67歳、63歳と59歳の三人。
私は家宅の人二人に挟まれてぐうの音もでなかった。
生をいとおしむ人々に脱帽するのみ!
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by nhsmt | 2006-12-17 22:56

師走

時間がたつのがホンとに早い、
気がつけば今年も半月ばかりを残すのみ。
6日に学生時代の寮仲間5人と忘年会、
内3人は今年還暦で一人は定年である。
おそれながらこちとら定年も年金もない。
人生なんぞ大して違わないと思っていたがそれぞれ違うものなのだと今頃気がついた。
それ以上にあやふやなのは誰もがそれぞれに事実だと思っている過去についての記憶である。
これはもう一度はっきりと確証しておく必要がありそうだ、自分のために。

行く方知らずになっていたSEの所在が判明した。
すでに東京を引き払い東北の実家に帰っていたのだ。
電話で偶然遭遇したお父さんは「息子は心の病で現在入院しています。落ち着いたら連絡させます。」とおっしゃっていた。

時代の流れとそれぞれの人生の時間の流れとが渾然として激しく推移しているのだが、
不思議に淡々とした希薄な実感しかないのである。
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by nhsmt | 2006-12-13 21:59