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運転免許

車の運転免許を4ヶ月かかってやっと取得
最終の実地試験は6回連続で失敗したものの最後はほぼ完璧にできた

宮本武蔵の「五輪書」を読んだおかげでは多分ない
というのもまるで分からなかったからだ。
凡人に天才のことが理解できるわけない。
武蔵は60歳で「五輪書」を書き62歳で死んでいる。
今の私と年齢だけはほとんど同じだ。

この4ヶ月老人力がいかなるものかさんざん思い知らされた。
たとえば一つの場面で視角から脳に伝達される情報は無限にあるわけで、
交差点に差しかかった運転者が次の瞬間にいかなる動作をするべきかという判断と行為は
実に複雑でスピードを要求される過程なのである。
若いうちはこんなことは当たり前であり問題にもならない、私もそうだった。
だがこの年になってくると見えているはずのものが見えていないのだ。
これには愕然とする。

世界は原初的にはカオスである。
それを人間の脳が言葉という過程をとおして分節化し一つのコスモスとして構成する。
交差点に差し掛かった運転者は眼前の世界を瞬時に理解し、ほとんど無意識に次の行動を選択する。
だが言うまでもなくこの過程は、オギャアと生まれた赤ん坊がコトバを獲得し人間の作法を学ぶことで獲得され形成されてきたものである。

この逆過程をゆっくりと歩んでいることを実感した4ヶ月であった。

だが、これまで疑っても見なかったことが、実はとんでもなくあやふやなことだということを知り
、己の中にも世界にも渦巻くカオスを垣間見るのは楽しいことでもあると知ったのであった。
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by nhsmt | 2006-09-29 18:33

金木犀

まちのいたる処から金木犀の香りがただよってくる。

記憶というのはおかしなものだ。

金木犀の香りから私はきまって京都の北白川のあたりの町並みを想起してしまうのである。
何か特別の出来事や人物をではなく、いささかの情感でさえないただ単に風景なのである。
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by nhsmt | 2006-09-23 17:09

台風

台風の余波で朝から雨模様
九州ではかなり被害が出ているようだ
子どもの頃、夏から秋にかけて二百十日とか二百二十日とかいっていつも台風が来ていたようなきがする。
年中停電でろうそくを灯しては妙にわくわくしたりしていたな・・・。
初体験の人はびっくりするだろう。

今日は女房が車で娘の文化祭へ出かけたので、
免許のない私は自転車に傘で事務所へ向かう。
途中の水溜りで若い女の軽自動車に思いっきり水撥ねを頂戴した。
左半身ずぶぬれだ。

事務所からながめると奥多摩の山の端がずいぶん明るくなってきた。
台風一過、すがすがしい天気になりそうだ。
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by nhsmt | 2006-09-18 10:40

異形

朝食時、娘の真赤なマニュキュアを発見しギョッとする。
女房と出会って何度目かのデートの時に真赤な靴を履いていたのにギョッとしたのを思い出した。
ひどくアンバランスに感じたのだった。
「赤い靴はいてた女の子、異人さんに連れられて行っちゃた〜」を連想してしまうのだ。
日常の中にとつぜん異なるものが出現する。
女はときおり異形をのぞかせる。
と男は思っているが
実は互いにそうなのであろう。
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by nhsmt | 2006-09-14 03:37

長雨

雨よ降れなんてかいたら、
いきなり秋の長雨になっちまった

ヤフオクでIBMのモバイルノートにひやかし入れたら落札
ほんとに安い
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by nhsmt | 2006-09-13 10:10

雷鳴

深夜、雷鳴に覚醒す
日中来、まとわりつくような暑さだ
雨よ降れ
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by nhsmt | 2006-09-11 01:33

MAC

在庫データが4万点近くなりシステムの動きが重くなってきた。
ずっとマックでやってきたがやっとOSXにきりかえたとおもったら
今度はインテルのCPUに切り替わってしまった。
インテル対応のファイルメーカーがまだ出ていないのでサーバーを切り替えるわけにも行かない。
今更ウィンドウズにするのもしゃくだし、
かといってG5のdualもオークションではむしろ値上がりしている。
はてさて・・・。

柄谷「近代文学の終わり」を読む。

彼は「歴史は反復する」という視点と「交換」という文化人類学的概念を援用して
なんとかこの世界の激変を理解しようとしているようだ。
理解することには確かに大きな意味がある。
「アソシエーション」とか「X次元」のようなものはある種の念仏であって、自身でも指摘しているように実践的になにを意味するのか今一つよくわからない。

はっきりしているのはわれわれが直面している情況がまったく新しい事態であるということである。
旧弊を打倒して新しいものを建設するという近代の手法が通用しないほど
情況が激しく変化しているということであろう。
かつては「反抗」や「自己否定」など言っていた者たちがこぞって昔を懐かしんでいるようだが、昔をなつかしむことにはほとんど意味がない。
だがなすべき「異議申し立て」はなされねばならない。

高齢化や家族や教育や仕事などをめぐるさまざまなみじかな問題はありふれた古い相貌で現れているように見えるが実は人類が初めて遭遇するあらたな事態なのである。
不安は古い体制の抑圧や絶対的な貧困からくるだけではなく直面する不確実性からもやって来る。

対談のなかに面白いことばが一つあった。
「最も他者である他者というのは死者とこれから生まれてくる人間たちである」というのである。

他者への意志!
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by nhsmt | 2006-09-10 17:03