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歴史の痙攣

大学の先輩が急死して25年になり、
追悼文集が送られてきた。
タイトルに「熊野寮の青春」とあった。

僕は彼の死亡推定時刻の数時間まえまで一緒に飲んでいたのだが、
「思い出」を整理することができず何も書かなかった。

彼は僕より2学年上なのだが、
寄稿していたのは僕の学年まででそれ以降のものは一人もいなかった。
昭和42年入学をはさんで断絶めいたものがあるようだ。
コク君に教えてもらった内田樹のページにも同じようなことが書いてあったなどこかに・・・。
僕らの前の世代は高橋和巳の「憂鬱なる党派」的性情をどこかにひきずっていて湿っぽさからどうしても逃れられない。
内田樹のフットワークの軽さは彼が少しだけ若い証拠である。

詳しく調べたわけではないが、
その後、内ゲバで殺しあったり、山に立てこもってたりしたのはほとんど僕らより上の世代だったような気がする。
これも結構面白そうなテーマではあるが、
それよりもあの数年の若者たちの世界的乱痴気騒ぎは一体なんだったのか?

これを僕は「歴史の痙攣」と呼ぶことにする。
(つづく)
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by nhsmt | 2006-04-27 18:12

フェリーニ

の映画を続けて2本も観た(BSで)、
「フェリーニのローマ」と「カリビアの夜」と。
今、中沢新一の「芸術人類学」を読んでいるところだが、
彼が「アースダイバー」で意図したことを
「フェリーニのローマ」は何十年も前にもっとラディカルにもっとエネルギッシュに映像として実現していたのだ。
潜在意識の奥深くから湧き出すローマのイメージが古代のカタコンベから直近の風俗まで無秩序の曼荼羅を形成する。
「夢は枯れ野をかけめぐる」というのを映像化するとこういうことになるのだろうか?
フェリーニにとってのローマのはなしだが・・・。

「カリビアの夜」には昔観たときとは違う違和感を少しだけ感じた。
世界が男と女で形成されている以上(否定する人もいるが)、この世の男の振る舞いはみなそれなりのダンディズムに支配されている。
フェリーニの創り出す男と女がぼくはとても好きだった。
坂口安吾のファルスとともに神話的でさえあると思っていた。
それなのにこの違和感はどこからくるのか。
恐らくは地球の回転軸が少しだけ女の方へ傾いてしまったのである。
地球の温暖化と同じく不可逆的な大変化がしずかに進行しているのである。
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by nhsmt | 2006-04-09 16:38