自由と競争


玄関の脇に植えられた小さな梅の木の花も大方散ってしまったが、その切られた枝の先に蓑虫がぶらさがっている。梅の枝を切ったのは去年の秋だったか、その時すでに君はぶらさがっていました。
雨の日も雪の日もユラユラと風に揺れながら暖かい袋の中で蓑虫の安逸を貪っている君は一体どうしてその枝を選んだのかね。「そんなこと知るもんか、オレの勝手だ」とこたえるに違いない。そうだ、君は君の自由意志によりその枝を選び糸を吐いて寝袋を誂えそこにぶらさがったのだ。それが生きているということなのだ。人間だけが因果論的必然から自由なのだと思い込んでいたが、そんなこたぁあるはずがない。むしろ反対に人間だけが因果論的必然性にがんじがらめに呪縛されてしまっている様に思われてきた。
話は飛ぶが、「競争は何ものも生みださない」と何処かに書いてあったのを思い出した。これもうろ憶えだが、進化論の自然淘汰説を批判する文脈ではなかったかな?
そう言えば、ぼくと蓑虫くんとの間には如何なる競争もなければ貸借関係なんぞないし何らかの契約をした覚えはさらさらない。なのに僕と君とはどうしてこんなに自由で愉快なんだろう。
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by nhsmt | 2016-03-26 14:17
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